2019年10月31日
俺にとって…

俺にとって、10月は『鬼門』です。昔、大学生の時、車にはねられて以来、どうも10月になると、今までの経験や考え方を全否定されたり、自分では想定外の出来事が起こったり…今年も例外で無く、目まぐるしい忙しさでした。ただ今年は、その壁を乗り越えて、来月からいい方向に好転出来る実感があり、「50代は『鬼門』とも、おさらばだ!」と思っていたら、10月最後の日に、まさか想い出を焼かれる出来事が起こるとは…明け方、何やら騒がしい消防の音で目が覚めて、事態を把握した時、正直、怒りより涙が出て来ました。
今はただ、貴重な文化遺産や地域住民の方々が、少しでも火災の魔の手から逃れてくれている事を、祈るばかりです。
盛一郎
Posted by しきなーんちゅ at 06:30│Comments(2)
│時事ネタ
この記事へのコメント
早朝からショッキングなニュースを知りました。首里城が再建される前、家族でキリ短の崖下(達磨寺の隣・赤田町)の古民家で暮らしたことがあって、寺の境内、龍譚池で子どもたちとよく遊んだことがあります。妻の母方の王朝の家系の本家や別宅も周辺にあり、シロアリ被害で止むなく平地に引っ越ししましたが、昔の風情が残っていた想い出深い土地です。私が生きているまで再建できればありがたいのですが、僅かでも出来ることは協力していこうと思います。
Posted by 青木義之(旧沖尚教員) at 2019年10月31日 21:04
青木先生、いつもコメントありがとうございます。私も子供の時は、龍潭池で魚を釣り、高校生の時は守礼の門で日雇いバイト(どかたー)を探し、そして社会人になってからは、北海道から知人が遊びに来る度に、琉球歴史マニアの賀数仁然さんに頼んで首里城おもしろ話の語りを聴きながら、「ここって、本当に先人達の英知や想いが結集された場所なんだなぁ…」と常々思っていただけに、まだ言葉に言い表せないやるせなさというか、無力感というか、悲しみというか…
言葉に出来ないので、立ち直り次第、俺なりの行動をして行こうと思います。単細胞の俺には、それが一番似合っているので。みんなで必ず、復元させましょう!復元した暁には、三期で大宴会をします。その時はまた一緒に、祝杯をあげましょう^ ^。
言葉に出来ないので、立ち直り次第、俺なりの行動をして行こうと思います。単細胞の俺には、それが一番似合っているので。みんなで必ず、復元させましょう!復元した暁には、三期で大宴会をします。その時はまた一緒に、祝杯をあげましょう^ ^。
Posted by 盛一郎 at 2019年11月02日 00:17